私は昔、すごく当たるという東京自由が丘の占い師のところに行った。
45分15000円。10年以上前のことです。
結構な悩みで人に相談できなく、気づかぬストレスから全身に湿疹が出て皮膚科に通う始末。
スピリチュアルは好きではないが、きっとどうしようもなかったのだろう。
友人から何回か話を聞いていた占い師に救いを求めた。62134235_311772123033383_743114816352157696_n人気の占い師で予約は最低1ヶ月前。
予約日に東京に向かう電車の中の私は、
悩みのピークをとうに過ぎてしまい、
何を占い師に相談したらいいのか全く分からなくなっていた。62065263_751517821934648_6457803141390794752_nいい香りのするマンションの個室に入り、
ハーブティーを出された。

占い師はこういった。

あなたはすごいパワーを持っています。とにかくすごいです。
と。実際それしか記憶に残っていない。

45分という時間が長すぎて、ちょっと早めにそこから退散した。
15000円のハーブティーは美味しかったが、高すぎた。62425899_393572094585357_6036983130491977728_n
こども達がパパの家にお泊りに行く週末。
パン屋と昔のことを語り合いながら店のテーブルで夕食を食べます。
時にプラス仲間たち。
ちょうど昨日は実験でパッタイを作りました。

パン屋と私は似ているようでまるで違う。
私の若いころは繊細な人間で、ちょっとしたことで落ち込んでいた。
でもパン屋は幼少時代から強かった。62411824_349215955782463_1837632848861855744_n私がパン屋とイベント以外の話をするようになったキッカケは長男だった。
当時長男は荒れていて、最悪な状況になりつつあることに気づいてくれたのが
イベントで長男と仲良くなってくれていたパン屋だった。

いろいろなことが落ち着いてきて
長男の就職が決まった時、
車で1時間ほどのところにあるパン屋のお店にお菓子を持って一緒に挨拶にいった。

私はそのとき、なんだかちょっと気まずい感じもあった。
他人に冷蔵庫の中を見られたような、そんな恥ずかしさ
君には私の家族のことは理解できないよ、という突き放した感情もあり
連絡をとることもなくなっていた。61990494_437531677041928_4044355563436376064_n
久しぶりに会ったのが、閉店作業中にひょっこり顔を出してくれた時。
私ももうかっこつけることもなく、パン屋も今、いろいろなことがあり別居をしているのだと聞き
やっと本音で話ができるようになった。
見えていたことと実際はぜんぜん違っていた。

ドイツから帰ってきたら北海道においでよ。
粉もあるよ、大泉洋がくるかもしれないよ、と勧誘しているのだけれど、反応は微妙です、笑62151359_2275713225808133_5736863082274095104_nあらゆることの言い訳をせずに黙ってパンを焼き続ける、一見クールすぎるこの不器用な人間も
最愛の娘の将来の為にと、彼なりの考えとやり方で誠意を示している。

私は長男6歳、長女4歳のとき最初の離婚。
養育費はもらいませんでしたが
もらっていたら使い込んで娘の進学の資金はなかったでしょうし
14年間積み立ててくれたことに感謝しかありません。

だからパン屋のやりかたに賛成。
結果は後からついてくるものですから、正解はまだ分かりません。62306504_877752995910953_1998912787836829696_n
今週の営業も終了。
今夜から子供たちと車中1泊名古屋一泊の旅。
あちこち旅した愛車と最後のドライブです。
目的地は三重県伊勢神宮。

※写真は女6人山形の旅・運動会弁当・東京で友人たちとランチ&カフェ・スタッフたちと行った日立Roseburg

残り少ない茨城県での時間で
仕事以外にやっておきたいことってなんだろうと考えると
大事な友人たちやお世話になった方たちと
ゆっくりごはんでも食べて語り合いたいということでした。

友人知人みんなに感謝しかない。
みんなの存在のおかげで
本当に大事にすべき人たちがどういう人なのかも分かりました。

先日、パリの展示でお世話になった素子さんがわざわざ水戸まで来てくださいました。
昨年東京ではお会いしていたのですが、
約1年ぶりの再会。

パリでは、素子さんとマルシェやレストラン、カフェなど、
いろいろなところに一緒にいって
BIOのお店で買い物したり、美味しいパン屋さんもたくさん教えてもらいました。23471901_1519148581512385_1878030128963002706_nまだメールでしかやり取りしていない頃
私の日本語の使い方が間違っていると指摘をされた事がありました。
「植田さん、了解しました。ではなく、承知しました、もしくはかしこまりました。です」と。
こういうことをちゃんと言ってくれる人って、すごくいいですよね。

パリではエルメスの展示会など、さまざまな場所でディスプレイの仕事をされていて
そんな方に展示のコーディネートをお願いできる
自分はなんてラッキーなのだと思いました。23319209_1514606368633273_560902942381379947_n「せっかくパリに来たんだから、街の中を見てこないと」
そう素子さんは言って、私の代わりに会場にいてくださり
私は展示会場を時々抜け出して、パリの街を毎日歩き回ることができました。
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水戸に来てくださった素子さんは
桜の花を眺めながら微笑んで
別れ際に、目を潤ませてくれながらハグをしました。

私もかっこいい50代になりたいから
周りにいてくれる50代、60代、70代の女性の素敵な部分を真似して
いつか自然にそうできる人間になりたいです。

明日の夜に北海道に発ちます。
海のそばの青い家を決めてきます。

タイムスリップしたように、月日がたつのが本当に早いです。
いろいろなことがあったはずなのに、
にんじんを丸かじりしたら前歯が折れて
馬じゃないんだからそんなこと無理だって、なぜあの時気づかなかったんだろうって
そんな2018年の終わりでした。富士山私の最近といえば相変わらずな毎日ですが、仕事しながらお母さんもやるということが努力しなくてもちょっとだけ身についてきました。ポトフお母さん歴21年でやっと。
なぜ私は世の女性が当たり前にしていることが当たり前にできないんだろう。OK私の略奪愛の噂は、黙ってると広がるんだなと、聞いたら根源を呼び出して潰しにかかりましたが、
「パン屋のこどもを産んだ」へと進化する地帯もありました。どこに赤ん坊が。
なぜ異性が一緒に仕事をして一緒にいると付き合ってるになるのか。
私がブスでデブだったらこんな噂にならなかったのだろうなと、それしか納得する方法がありません。

そもそも、パン屋は離婚して2年、私は4年半。
離婚の原因は双方の夫婦間だけの問題です。

性格は微妙だと自覚しているけれど、私は自分を嫌いじゃない。
それはいつだって、自分にも他人にも正々堂々と生きているからです。
一番の親友はパン屋。

この話題は飽きてしまったのと、茨城県での思い出はいいもの一色で旅立ちたいので、以上にしたいです。
どこの誰でも、恋だ異性だに興味があると思ってはいけません。
私もパン屋も今は未来のことを語り合ってばかり。
近場で恋愛相手を見つけなくてはいけないほど、困ってもいません。

world bいろいろなことを水戸でしてきました。
お店、イベント、仲間。
それはとても楽しくて、言葉で表現するのが難しいほどです。アジアの朝屋台特に、私の運営するイベントはいつもお金がなくて
フライヤーも装飾も手作りで、仲間に助けられて、いつもなんだかギリギリなのに楽しすぎた。11フライヤー秋に子供たちと北海道に引っ越します。
私の生まれた場所。ずっと行きたかった場所です。北海道10年間は北海道でがんばってみます。

10年後、きっと私はひとり。
どこでどう生きて行ってもいい。つくえこの場所があったら戻ったっていい。
海外に住んだっていい。

なかなかいい人生なんじゃ、ないのかな。

もう夏も終わりです。

飲食店4人&赤ちゃんでタイのチェンマイにいき
夏休みはこども達と東北の旅に出ました。
花火大会は屋上でみんなで美味しいものを食べながら見て、
夏の最後は「River」という夏の贅沢がみっちり詰まったイベントで締めました。
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暑いのも、虫も、プールや海も嫌いなのに
夏は終わってみると楽しい思い出がいっぱい。sendai3sendai2
そして今日
私の親友がお店を閉めます。
Sunny Side Kitchen
https://www.facebook.com/2010.sunny/

ちょうど2年くらい前、オカエリ。喫茶室の閉店作業をしていたら、この男はふらっとやってきて、スープセットを注文しました。
スープを口に運ぶスプーンがなかなか進まず、まだ仲良くもなかったので「口に合わないのか?」と若干不安な気分にさせられたのでよく覚えているのですが、単なる超猫舌だった。

私のほうが5歳も年上なのだけれど、いつの間にか大の仲良し。
女世界が苦手な私にとって、脳みそを使わずに会話できる人間が現れたことが嬉しかった。
そして飲食スイッチがONの私は、こいつに負けたくないと思った。
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お互い当時はいろいろなことを片付けたり乗り越えたりしなくてはいけない時期で
支えあうというより、相手を見ていてがんばれていた。

まだ子供たちと暮らすことを許されなかった時だったので
私の週末は大工町で一人唐揚げ&ハイボール。
いつの間にかそこで語り合う相手ができた。
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そんな私の大事な友は、Sunny Side Kitchenを閉め、わざわざ買いに行くパン屋スタイルから、日常のパン屋に今挑戦し、またドイツに修行に出る。
自由に生きているようだけれど、これは大変な挑戦。
楽じゃない道を選んでるけれど、将来勝つのはこういう人間なことも知ってる。
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ただなんだか、置いていかれるようで悔しくて寂しい。

かけるとミジンコみたいな目になってしまうメガネにノーメイク。
羊毛スイッチが入っている私は完全なる腐女子(本当の使い方は干物女というらしい)で、そんな姿を平気で見せられる貴重な友だった。
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ドイツのパン職人に紛れて、ドイツのパンのコンクールに挑戦し、最終選考でアジア人ということで落とされていた。
推薦状を書いてくれたドイツ人の輸入食材会社社長が言っていたのだから、これが現実なのだと思う。
そんな人種差別のある世界にわざわざ飛び込むこの根性。なかなか難しい。

もしよかったら、ひとつの区切りをつける最後の営業に行ってみてください。
私も水戸の営業が終わったら、花束なんていらないだろうから、お寿司を持っていこうと思います。

日本人の噂好きは国民性なのかもしれませんが
よーく本当なのかを考えてみると
本当じゃないことって分かるはずなんです。

この田舎町の一般市民の私でさえ
不倫してるんじゃないか。
いろいろな男にアプローチしてるらしい。
私の彼にもアプローチしてきた。
そして、今のパン屋は私のモーションにひっかかったと。
モーションって・・・?笑

裏返して考えると
私があちこちにモーションをかけているのに、ひっかかったのはパン屋一人だけですか?笑

41にしてそんな噂をしてもらえるほど魔性で魅力的なのかなと、嫌な感じではないのですが、
私は暇じゃありません。
もし狙ったらNOアプローチ即勝負です。

ただ1コだけ。
子供のことを放置して自分のことばかりしているらしい。とも言われています。
これは、ひっかかる単語はありますが、ほぼ事実です、笑

でもそこには、結婚していた時から私が男になって働かなくては家族が成り立たなかった事実と、とにかくここに書けない言えない、たくさんのこと。
外から必要とされることに対する動き。これは私が将来ひとりで生計を立てていく、生きるために平行線でやっていかないといけない大切なことだという気持ちは変わりません。
ボケたら施設に入れてもらう資金も準備しないと。
こどもに迷惑かけずに生きたいです。

養育費ゼロ、長女の東京生活費用、下3人の子育てにかかる費用も一人でやっている訳ですから、男のように働かなくてはいけない現状はあります。

でも今、そんな男な私ですが、子供たちのための時間、家事、未熟ママですが悪戦苦闘しながらがんばっています。掃除は適当ですが、ごはんだけはしっかり愛を込めて作っています。

なにが言いたかったというと
小林麻耶ちゃんは妹さんが亡くなった時に
海老蔵との関係をあることないこと言われていたんだなと。
デリカシーのなさと、噂好きの日本人の悲しさと、
それによってその人の人生を変えることになっても平気なのかという思い。

噂は噂でしかありません。
言う人を信じないし、嫌いになってしまいます。
噂が日本人の娯楽にならないことを願うばかり。

フランスのパリで出会ったたくさんの素敵な女性たちは言っていました。
人がどんな生き方をしていても誰もなにも言わないのがフランスだと。

誰かの人生はその人のものです。
無責任に発言する日本人がいつかフランス人のようになれますように。
ああ、Motokoさんに会いたいな。0